<日本の旅> 日本の美しき代表「倉敷」を描いてみませんか。
一度では回りきれませんでした。もう一度行きたい!


NO1

アンデルセン広場とチボリ公園
JR倉敷駅の北側に広がる緑と花の公園。
朝早く到着し、駅周辺をうろうろ。
何人かのボランティアの人がゴミを拾ったり、
美化運動をしていていました。
倉敷がきれいなわけがわかりました。
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NO2

大原美術館
古今東西の貴重な美術品が数多く展示されている
日本の代表的な西洋美術館。モネの「睡蓮」など
世界的な名画を鑑賞できます。
シックな建物ですてきだなと思って近づくと
それが大原美術館の門でした。
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NO3

豪商の倉屋敷が多数あったことから、
「倉敷」となったと言われる倉敷は
倉敷川の舟運によって繁栄した町です。
塗家造の重厚な意匠の町家が並び、
倉敷川護岸の石組みとともに洗練された
豊かで美しい景観を今も残しています。
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NO4

観光客は平気でおしゃべりしてました。
「たったこちっぽっち?」
「箱庭みたいだ」
「がっかりしたわ」
 しかしそんな15ヘクタールの小さな場所に
倉敷400年の歴史が凝縮しているのです。
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NO5

倉敷は明治22年ごろに倉敷町になり、
さらに合併されて倉敷市になりました。
他の町が大きかったにもかかわらず、
「倉敷」という名前は見事に残りました。
そして日本中にその名は知れ渡っています。
NO5

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NO6

倉敷川のほとりを歩くだけで
心が落ち着きます。
人々の心の故郷があるからでしょうか?
スケッチをしている人も何人かいました。
NO6

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NO7

備前焼の店がたくさんありました。
備前焼とは土師器と須恵器、殊に須恵器の
技法を受け継ぐ、日本で最も古い形態を残している
無釉の焼き締め陶のことだそうです。
(店の人の話です。)
備前を代表する名工は伊部三人衆とは
金重陶陽、藤原啓と、山本陶秀を指すそうです。
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NO8
今橋の上から倉敷川を眺めると、
両岸の柳が独特の雰囲気をかもし出しています

今橋は1926年に大原孫三郎が建造したものです。
NO8

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NO9
昭和44年に倉敷川畔一帯を美観地区に指定。
その後昭和54年に国の重要伝統的建造物群
保存地区に選定されました。
木々の形と建物がしっくりあって、
風情が感じられます。
NO9

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NO10
お土産店の人の話では、
倉敷川は昔はドブ川だったそうです。
しかし、住民の努力結果、今のようなすばらしい
美観地区を作りあげたとお聞きし、感動しました
「これっぽっち」のエリアも多くの人々の汗と努力の賜物。
これからも守り続けて欲しいと心から願いました
NO10

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帰路は雨になってしまいました。しかし、えびす通りアーケード商店街に出て、ウインドウショッピングしながら、JR倉敷駅まで雨に濡れることもなくたどり着きました。お雛様がきれいに飾られていました。

 質問:なまこ壁とは?
 回答:土蔵の腰に好んで用いられる工法で、大名屋敷や城壁の外壁に多く見ることができます。 平瓦を貼り付け、格子型になった目地の部分を漆喰で馬乗り型や四半型に盛り上げて塗ります。 家を頑丈に守り続けます。
電彩アート主宰  山田みち子

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