山田みち子が古都「京都」を淡彩風に描きました。
各「絵」をクリックすると少し大きめな絵がが出ます。

京都駅を出ると、真正面に京都タワーが見えます。

京都タワー

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どんな方向音痴でも京都駅を見つけられるシンボルタワー

1964年(昭和39年)12月に誕生したタワーの独特な姿は、海のない京都の街を
照らす灯台をイメージしたもの。
厚さ12mm〜22mmの特殊鋼板シリンダーを溶接でつなぎ合わせ、円筒型の塔身と
して、一切鉄骨を使っていません。
建設当時、構造設計の依頼を受けた京都大学工学部建築学教室では、
京都タワーと京都タワービルを一連の架構と考えて構造計画を行い、
この種の大規模塔状構築物に対してわが国で初めて応力外被構造を採用し、
地震や台風といった大きな外力に安全に抵抗させる為に、ほかの一般の建築物が
もつ設計安全率を2倍以上も上回った値で設計したそうです。



金閣寺 (表側から)

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1397年、足利義満が京都北山に建立した山荘。

足利義満lの別荘北山第を義満の死後、夢窓国師を開山として禅寺とした。
初層は寝殿造り、二層は武家造り、三層は仏殿風。鏡湖池畔に建つ優美な姿が
まわりの庭園美と調和し、豪奢かつ静寂な禅的精神を感じさせる。北山文化の中心地。
タクシーの運転手さんお勧めの場所から描きました。

金閣寺(裏側から)



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周囲の木々の薫りを味わいながら描きました。

嵐山

京都を代表する美のイメージを創りあげている。



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渡月橋周辺の景色は四季それぞれに趣のある美しさを作ります。
橋の川上の右手に小倉山麓につくられた亀山公園、橋を中心に中ノ島公園があります。
橋の東北・臨川寺あたり一帯を総称して嵐山公園と呼んでいます。

また、対岸の散策道から橋を遠望すると対岸とはまた趣の異なる美があります。
月の明るい夜、川上から渡月橋をみると、月が橋を渡るかに見えるそうです。



●三十三間堂 (描けませんでした)

1164年 後白河上皇が平清盛に命じて建立。

本堂の内陣の柱間が三十三あるために三十三間堂と呼ばれています。
正式には「蓮華王院」という名の天台宗の寺院。
以前は後白河上皇の離宮・法住寺殿の広大な敷地の一角にありました
周囲には五重の搭や不動堂などを従えて偉容を誇っていましたが、
度重なる震災ですべてを損失、現在残っている本堂は
1266年に再建されたもの。堂内をびっしりと埋め尽くすようにして立つ千手観音像。
本像の千手観音坐像を中心に、左右に10段50列で500体ずつ千手観音立像が整然と
並んでいます。この1001体の観音像、正しくは「十一面千手千眼観世音菩薩」といい、
頭の上には11の顔をつけ、両脇には40本の手を持ち、1本の手が25種類の世界で救い
の働きをし、40を25倍して「千手」を表しています。1001体の観音像は、仰いだ角度の
ままひとりでに一つのこらず拝めるように安置されていて、その中には、会いたいと
願う人の顔が必ずあるといわれます。 今回で3回目の訪問です。何度見てもすごいですね。

●清水寺

798年 坂上田村麻呂が創建したと伝えられますが、建物の多くは、1631〜1633年、
徳川家光の寄進によって
再建されたものです。桜や新緑、秋の紅葉と四季折々の美しさを背景にした舞台造りの
本堂は、断崖の上にせりだし、市街地の眺望も最高。「清水の舞台から飛びおりる」
あまりにも有名な言葉ですが、くれぐれも実行しないでくださいね。



●銀閣寺(ぎんかくじ)

1482年、室町幕府八代将軍足利義政公が建立。 
東山慈照寺。臨済宗相国寺派に属する禅寺です。
三代将軍足利義満公の造営した北山殿金閣(鹿苑寺)にならって隠居生活を
過ごすために造営。義政公の法号である慈照院にちなんで後に慈照寺と命名。
総門をくぐると中門までの約50メートルに石垣・竹垣・椿の生垣の調和が
見事な銀閣寺垣があり、銀沙灘(ぎんしゃだん)・公月台(こうげつだい)の美しい庭園がある。
東山文化のわびさびを感じさせます。
1994年(平成6年)世界遺産条約に基づく世界文化遺産に登録されました。

●二条城 (雨のため、描けませんでした)

1603年 徳川家康が、京都御所の守護と将軍上洛の際の宿所として造営。
二の丸御殿は部屋数33、畳は800畳余り敷かれた桃山時代武家風書院造りの代表的なもの。
各部屋の襖絵は狩野派の手によるもので、部屋の目的に応じて描かれています。
また欄間の彫刻、飾金具、長押(なげし)に打たれた花熨斗形(はなのしがた)の釘隠しなどは、
金飾あざやかに豪華を極めています。二の丸庭園は小掘遠州の作庭で池泉回遊式庭園で、
大広間から眺められるよう造られたもの。
蓬莱島・鶴島・亀島の三島を置き、四つの橋を架け、西北隅に滝を落とし、
池に多くの岩石を配した景観は秀麗かつ豪壮な趣があります。

「都をどり」  おこしやす

100年以上続き平成17年で第133回目。

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東京遷都により、京都の没落を恐れた京都の町衆が「なにか京都の活性化を」と
官民一体となり京都万博を開催し、その中のビックイベントとして明治5年に初回が開催。
100年以上続き、すっかり京都の春の風物詩になりました。

入ってすぐのり待合い室には京都の名産品などを品揃えした売店などがあります。}
お茶券を購入された方は右側の入り口よりの入場となります。
一番前で芸妓さんがお茶のお点前を披露しています。
かわいい舞子さんがお茶を配り、きりりとした芸妓さんは茶をいれておりました。
和菓子がのっていた小皿は重いので、タクシーの運転手さんにプレゼント。

両側から鳴り響く音楽とともに青地に華やかな模様を散らした着物姿の舞妓さんが登場。
美しい背景が入れ替わる中で、華やかな踊りが繰り広げられました。
特に夏の花火や源氏物語が印象的でした。

相国寺

京都市上京区にある臨済宗相国寺派の大本山。開山は夢窓国師。
足利三代将軍義満が、後小松天皇の勅命を受けて1382年(永徳2年)に創建。
京都五山の第二位に列せられた名刹。応仁の乱の戦乱など、数度の焼亡
再建を繰り返した後文化年間(1804-1818)に至って再建完備され、五山の
中枢として絶大な権勢を誇り、多くの高僧を排出しています。現存する塔頭には、
大光明寺・鹿苑院・慈照院・大通院・光源院があり、本尊は釈迦牟尼如来。
観光客も少なく、とっても静かな雰囲気の中でデッサンできました。

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京都のボタン

京都染色協同組合の玄関先のボタンが美しかったので
新デジタルプリントの講義の待ち時間の間に描きました。
(京都に行って何してはるの?)


大阪

大阪城 平成9年に大規模な改修工事が完成し、白壁と金箔で真新しく生まれ変わった大阪城天守閣。
展望台からの眺めも素晴らしいけど、天守閣を外から眺めるのが最高だそうです。
日没後は幻想的なライトアップの演出があり、西の丸庭園の桜や、天守閣東側の梅林も名所。
ところが時間がなく、途中で断念。淀川にかかる橋を描きました。朝5時に出て、スケッチしました。

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今回の旅はカナダの友人4人+3人(あとから)を案内しながら・・・という
忙しい日程でしたのでスケッチどころか、デジカメ撮影するできませんでした。

次回はゆっくり一人旅をしながら描きたいと願っております。

最後までおつきあいくださり 「おおきに!」


パソコン絵画の電彩アート  山田みち子絵と文